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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)10002号 判決

主文

一  原告(反訴原告)の請求を棄却する。

二  反訴被告(原告)は、反訴原告(被告)らに対し、同河野日出子については金三〇万八三七五円、同河野清子、同河野京子、同田畑千惠子、同河野啓一、同徳永末子については各金六万一六七五円、及びこれらに対する昭和五九年七月二二日より支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三  反訴原告ら(被告ら)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は本訴反訴を通じ、原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  原告(反訴被告、以下「原告」という。)の被告ら(反訴原告ら、以下「被告ら」という。)に対する、昭和五九年七月二二日、栃木県那須小川ゴルフクラブにおいて発生したゴルフ事故に基づく不法行為を原因とする損害賠償債務は存在しないことを確認する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文第一項同旨

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は、被告らに対し、同河野日出子については金九八万円、同河野清子、同河野京子、同田畑千惠子、同河野啓一、同徳永末子については各金一九万六〇〇〇円、及びこれらに対する昭和五九年七月二二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  被告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  本訴請求原因

1  被告らは、原告に対し、本訴請求の趣旨記載の債権を有すると主張している。

2  よって、原告は、被告らに対し、右債務の存在しないことの確認を求める。

二  本訴請求原因に対する認否

本訴請求原因1の事実は認める。

三  反訴請求原因

1  事故の発生

昭和五九年七月二二日午前一〇時ごろ、栃木県那須郡小川町大字三輪字ハヌキ沢一二八三番地那須小川ゴルフクラブ(以下、「本件ゴルフ場」という。)中コース四番ホール(以下、「四番ホール」という。)のティーグラウンドで、原告がティーショットした打球が同コース五番ホール(以下、「五番ホール」という。)のフェアウェイでプレー中の亡河野隆(以下、「亡隆」という。)の右腕に当たる事故(以下、「本件事故」という。)が発生した。

2  受傷、治療経過、後遺症

(一) 受傷

本件事故により、亡隆は右肘打撲の傷害を負った。

(二) 治療経過

ア 事故翌日から昭和五九年七月三〇日まで中野総合病院に通院

イ 昭和五九年八月から昭和六二年七月二一日現在まで、市販の塗布薬、針、マグネット、マッサージ等による治療

ウ 昭和六〇年二月一二日から昭和六二年七月二一日現在まで、慶応病院に通院

エ 昭和六一年六月二四日から同年七月一五日まで、東京都済生会中央病院に通院

オ 昭和六二年一月一〇日から同年七月二一日現在まで、伊藤病院に通院

(三) 後遺症

昭和六二年七月二〇日、伊藤病院で右肘打撲後遺症の診断がなされた。

3  責任

一般にゴルフ競技者は、打撃の際に、その技量に応じ、自己の打球が飛ぶであろうと通常予想しうる距離及び方向において、その範囲内に他人がいないかどうかを確認する義務がある。そしてその範囲内に現に他人が存在するかまたは存在する蓋然性がある場合には、打撃を中止するかまたは他人が存在しないことを確認したうえで打撃すべき義務がある。また、競技者は、自分の打球を隣接ホール等他人が存在する可能性のある方向に飛ばさないように注意する義務及び仮にそのような方向に飛んだ場合には、打球の他人への衝突という事態を回避するために、大声を出して叫ぶ等その他人の注意を喚起する措置を講じる義務がある。

ゴルフ競技者がこれらの義務に違反し、他人の存在を確認せずに打撃したり、他人が存在するかまたは存在する可能性があるにもかかわらず打撃を中止するなどしなかったり、また、打球を隣接ホール等他人が存在する可能性のある方向に飛ばし、あるいは、打球がそのような方向に飛んだのに大声を出す等他人の注意を喚起する措置をとらなかったりした場合には、そのゴルフ競技者は自らの打球によって他人に生ぜしめた損害の賠償をなすべき責任がある。

これを本件についてみると、四番ホールのティーグラウンドの右前方方向には五番ホールが存在し、両ホールの境には松が植栽されているものの、それはせいぜい二メートルほどのものであって、四番ホールのティーグラウンドからの視覚を何等さえぎるものではなく、五番ホールの本件事故発生地点からも四番ホールティーグラウンドを容易に確認することができるから、五番ホールの様子は同ティーグラウンドから容易に見通すことができる。また、熟達者とはいえない原告の同ティーグラウンドからの打撃具合によっては、打球が五番ホールまで飛ぶであろうことも通常人であれば容易に予想しうるところである。そして、原告が同ティーグラウンドから打撃した際には、五番ホールのうち同ティーグラウンドから確認することが可能な範囲で亡隆が競技をしている最中であった。

このような状況において同ティーグラウンドから打撃しようとする者には、まず五番ホールに他の競技者等が存在するかどうかを確認したうえ、その存在を確認しまたは存在の蓋然性が認められる場合には打撃をひとまず中止すべき義務がある。しかるに原告は右注意義務に違反し漫然と打撃をしたものである。また、原告は、自分の打球を五番ホール方向に飛ばすことがないようにする注意義務があるにもかかわらず、不注意にもティーショットの打球を大きく右方五番ホール方向に反らしてしまった。さらに、原告は、その打球が隣接の五番ホールの方向に飛んだのだから、亡隆の注意を喚起するため大声を出す等の義務があるのにこれを怠った。

このような原告の過失によって本件事故が惹起されたものであるから、原告には、民法七〇九条により、本件事故により発生した損害を賠償すべき責任がある。

4  損害

(一) 治療費 金一〇万六九五〇円

昭和六二年七月二〇日までの治療費合計は金一〇万六九五〇円である。

(二) 通院交通費 金九八〇〇円

昭和六二年七月二〇日までの通院交通費は金九八〇〇円である。

(三) 傷害慰謝料 金一〇〇万円

亡隆は、約三年間にわたり、通院治療及び塗布薬、針、マグネット、マッサージ等の治療を行ってきたので、傷害慰謝料は金一〇〇万円を下らない。

(四) 後遺症慰謝料 金九〇万円

本件事故により、亡隆は右肘に神経症状を残しており、精神的苦痛に対する慰謝料は金九〇万円を下らない。

(五) 逸失利益等

後遺症による逸失利益等の損害が存するが、後日明らかにして請求する。

5  原告は、亡隆に対し、五万円を支払った。

6  亡隆は、昭和六三年五月一七日死亡した。被告河野日出子は亡隆の妻であり、同河野清子、同河野京子、同田畑千惠子、同河野啓一、同徳永末子は亡隆の子である。

7  よって、被告らは、原告に対し、不法行為に基づく損害賠償の一部として、被告河野日出子においては、金三〇万八三七五円、同河野清子、同河野京子、同田畑千惠子、同河野啓一、同徳永末子においては、各金六万一六七五円、及びこれらに対する不法行為の日である昭和五九年七月二二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各債権を有するので、その支払をそれぞれ求める。

四  反訴請求原因に対する認否

1  反訴請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3  同3の事実中、四番ホールのティーグラウンドの右前方方向には五番ホールが存在することは認めるが、四番ホールと五番ホールの境に植えられている松がせいぜい二メートルほどのものであって、四番ホールのティーグラウンドからの視覚を何等さえぎるものではなく、五番ホールの本件事故発生地点からも四番ホールのティーグラウンドを容易に確認することができ、五番ホールの様子が四番ホールのティーグラウンドから容易に見通すことができるという点、原告が同ティーグラウンドから打撃した際には五番ホールのうち同ティーグラウンドから確認することが可能な範囲で亡隆が競技をしていたという点、及び、原告が、その打球が隣接の五番ホールの方向に飛んだときに大声を出すことを怠ったという点は否認する。両コースの境には高い木が植えられており、四番ホールティーグラウンドからは両ホールの境の木々は認められたが、五番ホールについては見えず、人影も認識しえなかった。また、原告の打球が五番ホール方向に飛んだ際、同行のキャディーをはじめ原告のパーティの者が原告を含め直ちに大声で「フォァー」という声を発している。主張は争う。

4  同4(一)(二)の事実は知らない。同4(三)(四)(五)の事実及び主張は否認し争う。

5  同5及び6の事実は認める。

6  原告の主張

ゴルフ競技においては、特定の熟達者を除き、一般的には打球の方向と着地地点を任意に調節して打球があらぬ方向に飛ばないようにすることは競技の性質上極めて困難であることが明白であるから、プレイヤーとしては、ショットをするにあたりあらぬ方向に打球しない心構えで打球すれば足り、それ以上の注意義務はない。また、およそゴルフ競技のようなスポーツに参加する者が競技の過程において被害を受けた場合には、加害者において故意または重大な過失がなく、かつ被害の原因となるような競技のルールや作法に反する行動のない限り、競技中において通常予想しうるような危険は、これを受忍することに同意したというべきである。

被告らが主張する注意義務は、エチケット、マナーの次元で考慮されるとしても法的責任を生じさせる根拠としての義務たりえない。

また、ゴルフというスポーツの存在を認める以上、競技者としては、その技量、飛距離等に応じ自己の打球が飛ぶであろうと通常予測しうる範囲の他人の存在を確認し、その存在を認識するか、認識しうる場合に打撃を中止すれば足りる。

原告のティーショットの飛距離からして、四番ホールと五番ホールの境の木を越えて五番ホールに打ち込むようなことは通常ありえない。

また、通常六分刻みでプレーが開始されているわが国のゴルフ競技の実態においては、他人が存在する可能性がある場合に打撃を中止していたらプレーは遅々として進まずパニック状態になってしまう。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  本訴請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  反訴請求原因及び本訴抗弁について

1  事故の発生

(一)  反訴請求原因(本訴抗弁、以下「反訴請求原因」という。)1の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  〈証拠〉によれば、本件ゴルフ場には東コース、中コース、西コースの三コースがあり、各コースはそれぞれ九ホールから成っていること、本件事故の発生した五番ホールと四番ホールは中コースにあって隣りあわせていること、四番ホールは真ん中あたりから進行方向左に曲がっているドッグレッグホールであり、その左へ曲がるあたりから五番ホールに接していることが認められる。〈証拠〉によれば、原告は、事故当時ゴルフ歴約六年で、事故当日である昭和五九年七月二二日初めて本件ゴルフ場を訪れ、中コースから原告ほか三名でプレーを開始したこと、当日原告の組が出発する前に既に出発した組があったこと、四番ホールはティーアップする所からグリーンまで、曲がっているところを測って三二五メートルであること、原告はティーショットの際に四番ホールに隣接して五番ホールがあることを知っていたこと、原告は真っすぐ打つと四番ホールと五番ホールの間の林に入ると考えて四番ホールの左のほうのフェアウェイをねらって打ったこと、原告の打球は真正面をねらったより右方向に飛び、四番ホールと五番ホールの境あたりの樹木の方向に飛んだこと、打球の方向に五番ホールがあるということは原告の念頭にあったこと、原告は会心の当たりのときで一八〇メートル程の飛距離であるところ、四番ホールでのティーショットがまずまずの当たりで一八〇メートルほど飛んだと思ったことが認められ、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

〈証拠〉によれば、昭和五九年七月二二日、亡隆ほか三人が中コースから出発して五番ホールでプレーしていた際、隣の四番ホールから打球が飛んできて亡隆の右肘に当たったこと、原告は五番ホールにおいて自分の打球が当たったことについて謝罪したことが認められ、〈証拠〉によれば、亡隆が右肘打撲後遺症の診断を受けたことが認められる。

2  原告の責任

ゴルフ競技は、打球の方向や着球地点を任意に調節することが困難であることを前提にして打球の方向や着球地点の正確さを競うものであり、打球の調節が困難であるから、ゴルフコースの設置状況いかんによっては思わぬ方向へ打球が飛び、他人にあたる危険性は否定できないが、ゴルフ競技の存在を認める以上、競技者としては、その技量、飛距離等に応じ自己の打球が飛ぶであろうと通常予想しうる範囲の他人の存在を確認し、その存在を認識するか、認識しうる場合に打撃を中止すれば足りるものというべきである。また、複数のボールの併存と、先行者、後行者の関係が常に存在するこの競技の特質及び競技人口の増加という現実に照らせば、競技者の打球が自己の競技するコースを大きくはずれた場合において、打球の方向、勢い、飛距離、当日のコースの利用状況、風向き、天候などから考えて他人が競技している可能性がある他のコースに飛び込むであろうことを競技者が認識し、または認識しうるときは、打球の他人への衝突を回避するために大声を出して叫ぶ等その他人の注意を喚起する措置を講じる義務があるというべきである。

本件についてこれをみるに、前記認定の事実によれば、四番ホールは真ん中あたりから進行方向左へ曲がっており、ティーアップする所からグリーンまで曲がっているところを測って三二五メートルであるから、ティーグラウンドから左へ曲がる地点まではその半分として約一六〇メートルあることになる。そして、右地点あたりから四番ホールは五番ホールと接しているが、原告は会心の当たりのときで一八〇メートル程の飛距離が出ること、ティーショットの際に四番ホールに隣接して五番ホールがあるのを知っていたこと、真っすぐ打つと四番ホールと五番ホールの間の林に打球が入ると考えていたことからして、自己の打球が真っすぐ飛べば隣接する五番ホールに飛び込むであろうことを通常予想しえたというべきである。加えて、〈証拠〉によれば四番ホールと五番ホールの境あたりには樹木が植栽されているものの空隙があり、四番ホールのティーグラウンドから右空隙を通して五番ホールの見通しが可能であったことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は前掲各証拠に照らして採用することができない。従って、原告には、五番ホールの競技者の存在を確認することが可能であったうえ右確認の義務があり、その存在を認識するか、認識しうる場合には打撃を中止する義務があるところ、原告は、先に出発した組が五番ホールにいることを十分に予想できかつ、亡隆らの存在を確認し得る状態にあったのに、原告本人尋問の結果によれば五番ホールの人影は見えなかったというのであるから結局原告は五番ホールの競技者の安全を確認することなくティーショットをしたものといわざるを得ず、その点に既に過失があるのみならず、〈証拠〉によれば原告は、本件事故現場において亡隆の組のプレイヤー笹本某から「なぜ、声をかけなかったか。」との非難を受けながら、これを否定しなかったことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果部分は前掲各証拠に照らして採用できず、右事実等に照らすと原告は、五番ホール方向に打球をそらし、右打球が同ホール内に飛び込むことが認識し得たのに、大声を出すなどして同ホール内のプレーヤーに対する注意の喚起を怠った過失があり、右各過失によって本件事故を生ぜしめたことが明らかであるから、民法七〇九条の責任を免れないというべきである。

3  損害

〈証拠〉を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件事故により、亡隆は右肘打撲の傷害を負い、事故翌日から昭和五九年七月三〇日まで中野総合病院に、昭和六〇年二月一二日から昭和六二年六月二三日まで慶応病院に、昭和六一年六月二四日から同七月一五日まで東京都済生会中央病院に、昭和六二年一月一〇日から同七月二〇日まで伊藤病院にそれぞれ通院し、昭和五九年八月から昭和六二年七月一五日まで市販の塗布薬、針、マグネット、マッサージ等による治療を続け、昭和六二年七月二〇日伊藤病院で右肘打撲後遺症の診断がなされた。

(二)  治療費

昭和六二年七月二〇日までに亡隆が支出した治療費合計は一〇万六九五〇円である。

(三)  通院交通費

昭和六二年七月二〇日までに亡隆が支出した通院費合計は金九八〇〇円である。

(四)  慰謝料

受傷の部位、程度、治療経過その他一切の事情を考慮すると、傷害及び後遺障害慰謝料としては金二五万円の合計五〇万円が相当というべきである。

(五)  以上の損害金の合計は金六一万六七五〇円となる。

4  反訴請求原因6の事実については当事者間に争いがない。

5  すると、原告は被告らに対し不法行為に基づく損害賠償として、被告河野日出子については、金三〇万八三七五円、同河野清子、同河野京子、同田畑千惠子、同河野啓一、同徳永末子については、各金六万一六七五円の支払義務を負うものといわなければならない。

三  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、反訴請求は右限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎正彦)

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